アメリカで大学へ1年間通い単位を取って帰国したMさんのケース

アメリカへ行く前の英語力は英検2級合格レベル。決して高くない英語力であったため大学の授業が理解できるかどうか未知でしたが、幸いギリギリTOEFL(ペーパーベース)で基準の500点(TOEFL ibtの60点ほど)が取れたため入学することができました。
アメリカの大学にもかかわらずSATを受けずに入学できたということは、かなりの三流大学であると思います。学校の成績と推薦状のみで入学しました。

授業は自分以外全員アメリカ人という状態でしたから、入学できたものの、他の人の会話はほとんど聞き取れませんでした。でも教科書は辞書を引きながらなんとか読めましたから、教科書だけで勉強したと言っても言い過ぎではありません。
先生はマクドナルドのセットを持って教室に現れたり、おもむろに教卓に腰かけたり、と日本とは随分違う講義スタイルでした。学生の側も同じです。飲み物を持って教室に入ってくる人がとても多く、その多くはカンの飲み物ではなくいわゆるスターバックスのコーヒー風飲み物を持って椅子に座ります。
そして「今朝の一大ニュースは何かな」という具合に授業が始まります。授業中上を向けるタイミングはごくわずかでした。基本的には学生が自主的に話しますが、当てられる可能性もあったからです。

やっとそんな辛い授業が終わりランチタイムになると、食堂も、当たり前ですがほぼ全員アメリカ人です。そんな中ほんの数人いる日本人を見つけたら必ず声をかけたのを覚えています。結局、いわゆる「日本人同士がかたまる」という状態です。
そんなことをしてはいけないと思いつつ、そうするしかないと開き直ってもいました。テーブルはどちらにしろ、白人テーブル、黒人テーブル、黄色人種テーブル、とおのずと、そしてはっきりとわかれていたのですから、人種が交わる機会は元々少なかったのです。

その大学でESLを取らず、フルで教科を履修していた日本人は私だけでしたから、自分だけやけに忙しかったのも印象的でした。しかも他のみんなは寮生活をしていたにもかかわらず、私は郊外にホームステイでしたから、忙しさが更に増しました。
パソコンもあまり使ったことが無かったため、レポートを提出するのは一苦労でした。全てタイプをして提出しないといけませんでしたから、タイピングは上達しました。

ただ、ホストファミリーがとてもいいお宅だったので、一緒にご飯を食べたりテレビを見たり、が楽しくて、ホストシスターとはなぜか二人でクスクス笑いが止まらずにいました。そういう年頃だったのかもしれません。

1年いたことで一通りのアメリカを楽しむことができましたが、一年をたった一周ですからあっという間でした。ホームシックは全くありませんでした。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です